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2009年 06月 02日

オースティン・ヒーレー100 1954年

オースティン・ヒーレー100 1954年
(英国本国工場完成日・・・誕生日1954年6月30日)
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1950~’60年代に北米を中心に大ヒット、“アメリカの恋人”とも呼ばれたスポーツカー。元々は1952年のロンドンモーターショーにヒーレー父子が私的に出品したショーモデルだが、プレスデイに会場を訪れたオースティン経営陣の目にとまり、一般公開日には早くも“オースティン・ヒーレー100”のネーミングが与えられるとともに正式な生産化が発表され、翌’53年5月にデリバリーが開始された。フロントミドシップに搭載されるエンジンは4気筒2660cc90PSで、他に110PSを発揮するチューニングキットを組み込んだ100M仕様も少数が限定生産された。流麗なフェンダーラインがなんとも美しいボディを持つ一方で、その乗り味は容赦なくワイルド。前方にスライドする可倒ウィンドシールドを寝かせてのドライビングは、古典的ながら爽快の一言に尽きる。しかしその野趣に隠れてわかり難いが、ブレーキ性能やエンジンの柔軟性などは非凡なものであった。1953年5月に生産開始して以来、最初期モデルのBN1、4速+オーバードライブのトランスミッションや拡大されたドラムブレーキなどのマイナーチェンジが施されたBN2、合わせて1万5000台近くが生産されるヒット作となった。ところで、ビッグ・ヒーレーのモータースポーツ活動としては6気筒3000時代のWRCラリーが有名だが、一方、4気筒ヒーレーは長距離レースがメインで、ミッレ・ミリアやル・マン24時間などでも大活躍を収めている。
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by instant-kalma | 2009-06-02 22:20


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